悲惨な自動車事故が続いている。無免許で子供たちを巻き込んだ京都の事故には本当に心が痛んだ。子供をもつ親として、子供が巻き込まれる事故は悲しい。
その後もぼけっとして事故を起こして子供がなくなった事故もあった。
以前にも、助手席に置いたラジカセを触ろうとして、子供の列に突っ込んだ事故もあったのを思い出す。
勘違いしてはいけないことは、事故の直接の原因は「居眠り」であり「よそ見」であり「考え事」ということなのだ。免許を持っていたら事故が防げるのかといえばそうではない。免許を持っていて、充分に睡眠を取っていたとしてても「居眠り」は起こりうるのではないか。高速バスで、静かな車内で、たとえもう独りのドライバーがいたとしても、眠くなったら「居眠り」は起こりうるのではないか。
これは免許をもっていて、日々運転しているドライバーすべてに可能性があることなのだ。
私も過去に、営業車を運転していたときに、赤信号でとまったあと、気が付いたら数百メートルを走っていたなんてこともあった。きちんと青信号になって発進して、運転しているのだが、その間の記憶がはっきりしない。たぶん、眠りかかっていたのだろう。でも、体はいつものように反応して運転したいたということなのだと思う。ぞっとして道端に車を止めて、自動販売機で缶コーヒーを買ったのを覚えている。
田舎だからいいが、車の込み合う都会だったらと思うとぞっとする。下手すれば追突事故くらいは起こしていたかもしれない。
免許を持っていたからきちん運転できると思ってはいけない。免許をと言うのは「運転してもいいですよ」という証にしか過ぎない。あるテレビ番組で、ある人が免許証をかざさなければ車が動かないようにすべきなんてことを言っていたが、免許を持っていたからといって事故が防げないのだから意味がない。
スバルのような追突しないような装置のある車があるのだから、スピードに応じて、ハンドルの動きや車体の傾きを感知し、人や物が前面に来たときに減速し、当たる寸前には止まるような装置のほうが有望ではないのか。そっちのほうがよほど事故防止には効果があると思うのだが。あとは飛び出しに対応して、ホンダがやっているようにいかに人に対する怪我を少なくするかという車のつくりにするかということだ。
ただの厳罰化では意味がない。
まぁ、無免許で事故を起こしたら厳罰というのはわかる。何度も無免許を繰り返すような人は、車に乗る責任を放棄しているわけだ。これには厳罰化もしかたがない。無免許で事故を起こしたり、原付の搭乗者オーバーなどは、厳罰でも仕方ないと思える。
車を貸した人も、きちんと任意保険に入っていたのかが気にかかる。確か、自賠責は無免許でも被害者保護のために3000万円までは出るはずだが、任意保険も無免許でも被害者保護のために保険はおりるようだ。お金は償いにはならないかもしれないが、なにかのたしにはなる。少なくとも、何かの役には立つ。なくなった人は帰らないが。残された人の助けにはなる。
しかし、長引く不況で任意保険にも入らない若い人もいるという。
もし、車を持つ責任というなら、任意保険にくらい加入すべきという気がする。
でなければ、被害者、加害者ともにおもい賠償に苦しんで行くことになるからだ。
そして、スバルがやっているような追突防止装置のようなものの、一般的導入を急いだほうがいいのではないのか。高速バスなど、公共性の高いものに関しては早めに導入してもいい。鉄道にはすでにスピード超過防止がついている。(結構作動しているらしい)
厳罰を処するよりもよほど効果があると思うのだが。
posted by まっちゃん at 11:49| 福井

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