2012年01月27日

中国南部でカドミウム垂れ流し、市民はペットボトルに殺到 中国



いたいいたい病の原因ですよね。

でも、買ったペットボトルの水は安全なんでしょうか。
posted by まっちゃん at 12:13| 福井 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インドの若者の間に広がる「ソーシャル疲れ」、アカウント削除も わかるっ!!



これものすごくわかります。

知り合いから聞いたのだけれど、フェイスブックにはまっている人がいて、「あの人はどうして友達リクエストをくれないのだろう」とか、削除してしまった人に対して「友達じゃなくなったのかな」なんて心配をしている人がいるんですね。リアルにお会いして話をしている人に対してもそうだそうで、現実は違うだろう。友達なんだろう? なんてその人はいっていました。ははあ、依存症みたいだなと思いました。

現に、私もツイッターとフェイスブックをやっているのですが、フェイスブックは苦痛になりかけてます。知り合いばかりというのは、相手のことも考えてしまうのでなかなか話題もないし。やめるわけにもいかなくなっている。商売のこともありますし。
そして、他人の自慢話に延々とつき合わされているような気がする。びっくりするような情報ならいいのですが、自慢げに今日の夕飯の写真なんか見せられても仕方ないと思うわけです。そんなことかいてくる人をブロックするとなにかと後が面倒だし。自慢話は基本的にごめんこうむりたいという気分になってくる。でも「いいね」を押さないと付き合いが悪いと疑われる。馬鹿みたいな気分になることもあります。
ブロクとツイッターは連動させているのですが、フェイスブックはなんせ知り合いばかり、おいそれと連携させるわけには参りません。自分の考えを思いっきりかける場所がなくなってしますからね。でいろいろ書き込まなくてはならず、時間がもったいない。書き込みが少ない人だと理解させておくのが一番だなと。

いろいろやっていると結局ブログなどがおろそかになっていくというわけです。

それぞれいいところもあるのですが、それが義務となってしまうのは苦しいですね。
そして、全体がいやになっていく。そんなところですか。

伝える内容、そのタイミング、そういうものを自分なりに規制する必要があるのだなと思います。
最後は、きちんとあって会話するということが大事なような気がします。





posted by まっちゃん at 12:08| 福井 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月23日

C新聞のT記者に

 C新聞にTという記者がいる。地方の支局でがんばっているまだ30台半ばも行かない若い記者だ。その彼が、今度、本社のあるところに異動となった。記事とは無縁の仕事をするらしいのだが、とても惜しいのではないかと思っている。その新聞社にとっても、地域社会にとっても。

 彼は、新聞社に記者として入社して以来、私たちの住む小さな田舎町で記事を書いてきた。たくさんの方たちと話をし、信頼関係を築き、取材をしてきたのだ。持ち前の情熱で、ただ書くだけではなく問題点を考え、市民活動の中にも積極的に参加してきた。それが新聞記者と言う立場からいい事なのかどうかは私にはわからない。だが、決してマイナスではなかったはずだと私は思っている。
 それは、ただ伝えるだけの傍観者ではなく、当事者としての意識を持ち、公平でありながらも問題の本質を捉えようとする姿勢となった。ただのぶっきらぼうな若者ではなく、不器用ながらも、どうして行けばいいのかを考えていた。たくさんの人との出会いや考え方に触れ合うにつれて、いろんな物が彼の中にあふれたのだろうと思う。
 私も、ある団体の理事をやめた時、後継を彼に託した事もある。
 まあ、だからこそ、彼は大変だったし、悩むところも多かったのだと思う。しかし、その分彼は愛されたし笑顔でいろんなところに迎えられた。それは、記者としても財産でもあったはずだと思う。

 ところが、そういう彼を活かすどころか、まったく違う部署に異動となったらしい。
 どういう理由かは、正確には知らない。
 ただ、彼の上司の一人が彼のスタイルを気に入らなかったと言う事もあるらしい。よく走らないことだし、社内の事なので私にはどういうことなのかはわからない。だが、それが事実だとすれば大変悲しいことだと思う。
 上司は、どういう方なのかは知らない。ただ、私が想像するしとこんな感じかもしれない。昔は記者だったかもしれないが、日長一日ディスクにいて、どうでもいい事を考えているのである。本人にはプライドもあり、記者だった誇りもあるのだろうが、それは彼だけの事なのに、それを彼にも押し付けようとする。もし違った事でいい結果を出すものがいたら認めなくてはならない立場なのにだ。それが、うまく折りあわない。結果、彼を批判し、批判されて頭にきていたりしている。こんなところだろうか。
 そして、私たちは優秀な記者を失うことになった。の、かもしれない。私の想像は、当たっているのか外れているのか確かめようがないが。

 さまざまな事を学べは、今の社会や、会社のあり方に対して不満を持つのは当然だ。会社に対し不満を持たないものはいない。それは小さな事から、経営にいたる事まで不満の種は転がっているのである。自分が知れば不満は生まれてくる。それは自分の家庭生活を振り返ればよくわかるだろう。いくら家族を愛していたとしても、息子の遊び方や勉強の仕方、はては誰かの箸の持ち方、掃除の仕方などどこかに不満がないだろうか。
 完璧な会社なぞ存在しないのだ。それは、完璧ではない人間たちが寄り合って作っているのだから、当然かもしれない。たとえば、口のにおいがバラの香りの人間などいないように。もしいたとしても、バラの香りが嫌いな人間からすれば最悪なのだ。
 
 彼は、前向きな姿勢だった。いろんな情報に惑わされない確かな目を養おうとしていた。だから海外からの情報を誰の手も借りずに読み取ろうと、英会話も学んでいた。歪曲された一方通行の考え方ではなく、さまざまな角度から物事を捉えようとする努力もしていた。
 ひょっとすると、それは記者として当たり前の姿勢なのかもしれない。私には記者の知り合いはいないのだから、ほかの記者がどうしているのかは知らない。みんな同じようにたくさんの情報の海の中で、確かな物を捕まえる努力をしているのかもしれない。

 そういう彼にとって、会社や自分の支局や、上司に不満を持つのはごく当たり前ではなかったか。
 もし、暇な上司がいるなら、そういう彼をコントロールする事こそ仕事ではなかったか。でなければ、歳をとった甲斐がないと言うものだ。もっと、私もそんな自信など実はない。私も口からはバラの香りはしない。
 彼の経験や信頼関係を失うリスクは、とても大きな事のように思えるのだ。
 いったい何があったのだろうか。

 かれが地元から愛されていたのは確かだ。あいさつ回りに忙しい彼は、お別れ会にも出席しているようである。フェイスブックにアップされた写真がそれを物語っている。たくさんの、町の有力者たちから惜しまれつつ、かれはこの地を離れようとしているのが伝わってくる。

 彼を前線からはずしたその新聞社の支局は、ふたたび信頼関係を築くことから始めるのだろう。そしてそれは友好関係に発展して行くのだろうか。それは何年かかるのだろう。もしもつまらない記事しかかけないようでは、それは難しいかもしれない。
 もっともそんなうわべだけの事のほうが仕事になるのだったら話は別だ。それが上司の望みかもしれない。まぁ、そういうロボットでも雇えばいい。
 
 ともあれ、また会おう。かれの大きな笑顔をまた見たい。
 彼は彼の人生を生きていく。私たちはただ、通過点に過ぎないのかもしれない。でも、彼の笑顔が好きなものとして、そこに幸多からんことを祈るばかりである。



 
posted by まっちゃん at 16:38| 福井 曇り| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月02日

「大根あげます」に1万人殺到 イモや野菜も略奪 中国



自分さえよければそれでいいということなんでしょうね。
日本人なら、なくなったらそれで納得するし、ましてや善意の人の畑など荒らしたりしないでしょう。
こういうものは、もともとも中国からはいってきた文化だったろうとおもうのです。道徳的なことは、論語とか、老子とか孔子とか。それが日本にはしっかり根をおろして、自分たちのものにしているのに本家本元は嘆かわしい。まぁ、そういう人たちばかりではないのでしょうか。

この、無料で大根を提供しようとした人は、心無い人たちから被害を受け、もう二度とこうしたことはしないでしょう。
善意をもつことが愚かしいのでは、やってられない。

ましてや車でやってきたからガソリン代を出せではあべこべ。アメリカだったらありそうな訴訟でしょうし、また、分けかわんない方が勝ったりするからやってられない。

もっと心の豊かさを求めるべきなんでしょうね。




posted by まっちゃん at 17:58| 福井 曇り| Comment(0) | TrackBack(1) | 中国関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

冷凍食品の細菌混入は「少量なら許可」、中国当局の新方針に非難



そりゃ、ネットユーザーからは非難されるわ。
簡単に発言し、影響の大きいのがネットですからね。

それにしても自国民の健康を損なう危険性があり、外国への輸出もまったくできなくなりますね。そこんとこわかっているのかしら。
少量でも許可と言うことは、大量でも見逃される可能性か高いわけで。中毒事件が起きたとき、洗浄・加熱などのコストを下げた業者はそんなに高くなかったと言い張るのが目に見えるようです。


posted by まっちゃん at 10:27| 福井 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月24日

別に会員にならなくてもできけれど。「スローフード運動」、経済危機で共感集める



べつに会員にならなくても、その考え方はみんな共感できるのではないか。

あわただしいスピードに慣らされた現代社会に対し、まずは郷土料理の豊かさと風味を再認識し、没個性なファーストフードから抜け出し、ままずは豊かな食事から人間性を回帰しましょう。でもファーストフードそのものが悪いわけではなく、それが生まれた背景をもう少し考えましょうと言うようなこと。

考えてみれば、今、日本中でもてはやされているB級グルメブームも、もともとはそういうものであったはずだ。地域性豊かな食事をするために、その土地へ出かけて行って、その背景にあるものまでを味わう。それれば人生を豊かにし、新しい出会いを生み、地方土地が潤う。
これが現代のファーストフード病に冒されると、やれどこどこのB級グルメはおいしかったとか、どれだけ食べたとかがもてはやされる。そこの土地へ行っても、何も考えずにそのグルメだけを食べて帰ってくる。
それは本来の意味を失っていると思う。

地場産の、その季節で採れたものをいただく。その土地の味でいただく。
こうした当たり前だったことをなぜ失わなければならないのか。
もう一度、食事から見直していくことが必要なのではないか。

別に会員になる必要はない。その考え方に共感できるなら、そこから始めればいいのだ。
そして、スローライフまで、地域の社会との結びつきまで味わうことができればいいのだと思う。マスコミに踊らされる必要はない。おいしい食事と豊かな暮らしに、急ぐ必要はないし縛られるべきルールもないのだと思う。



posted by まっちゃん at 10:59| 福井 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

11月の中国PMI速報値、2年8か月ぶり低水準



ううむ。
まぁ、前から言われていたことですけれどね。

それにしてもみんなで仲良く食べていた経済のパイが小さくなり、分け前が減ったと言う状況なんだけれど、あのパイはどこへ行ったんでしょうね。まぁ、借金で水増ししされていたと言う風に考えればいいのかな。と素人はいいかげんなことをいい。


posted by まっちゃん at 10:32| 福井 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

北京春秋 危険の多い料理店



中国の安全管理というのはどうなっているのでしょうかね。
日本でも、不法行為が無いとは言い切れないけれど、もし、何かあったら社会的にもたたかれ、賠償だってとんでもない物になるでしょう。
安全かどうかは業者だっていいますからね。本のはした金を浮かすために、犠牲にすることじゃないし。

中国って、ものすごく個人主義なんだなと。人のことは基本どうでもいいのかな、と思っちゃいますね。
posted by まっちゃん at 09:56| 福井 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月17日

9人乗り送迎バスに64人、事故で園児ら20人死亡 中国



テレビで見ると、座席のない車内でほとんど満員電車のように子供たちは立って揺られていたんでしょうね。どうして対向車線に入っていたのか分からないし、トラックも避けようがなかったのでしょうか。
幼い子供たちのことを思うと悲しくなります。
ましてや、少子化政策で、大切な子供たちだったでしょうに。親の悲しみはどれほどのものか。

中国の教育システムはどうなっているのでしょうかね。
日本だと、意外とこういうことは問題視されているような。というか、日本だと定員というルールを破るというのがまず考えられない。教育現場ならなおさら。
まぁ、日本でも高校のバスで事故が起こったりということは有りますがね。でも、子供の安全というのをまず考えます。

私の息子は幼稚園に行ってますが、この間歩いて帰るルートが変更になりました。理由は道路工事なのですが、たいした工事でもありません。でも、どうしてかなと考えたところ、たぶん、工事用の車両が走ることが問題なんだと思い至りました。
つまり、皆で歩いて返るときに、トラックが走ってきては困るのです。歩道のない道ですし。ひょいと飛び出したとき、大きな工事車両では防ぐのが難しいからなのかと。
まぁ、それほど気を使っているのです。
親が一緒ならいいのでしょうが。責任は親にありますしね。親ならば、きちんと守りますし。

中国では、教育が行政の指導のもとに行われるのでしょうが、日本ほどではないとか、監視体制、日本で言えば教育委員会とかがないのでしょうかね。
地方に行くほど、そうした詰め込みの送迎バスがあるということが、信じられない。

子供たちの冥福を祈ります。


posted by まっちゃん at 23:57| 福井 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

パラノーマル・アクティビティ 第2章/TOKYO NIGHT.

パラノーマル・アクティビティ第2章/TOKYO NIGHT [DVD] / 中村蒼, 青山倫子...

昨日旧作50円だったのでまったく借りる気のなかった映画を借りてきました。
なぜ借りる気がなかったかといえば、世界で800億ほど儲けたという前作のパラノーマル・アクティビティが私にはまったく退屈で仕方かなったからです。
なにが怖いのだ。馬鹿にするな。とホラーが大好きな私には思えてしまったからです。でその続編が日本とアメリカで作られたわけですが、アメリカ版の評判があまり芳しくない。日本版もそれでまったく期待してなかったというわけです。
でも、日本で製作されたというところが少し引っかかっていた。

ところが、日本版は意外と怖い。
退屈でしょうがなかった前作のごたごたした言い合いなども、日本版はそれほど退屈しない。ひょっとしてアメリカ版の第1作目も、アメリカの人にはこういう感じで見ていたのかなと考えてしまったり。

突っ込みどころはたくさんあるのですが、撮影マニア、映画マニアだと考えればそれでいいですしね。
あんなカメラでこんな鮮明な画像がとか考えないように。
食卓もなんで撮影するのとか疑問に思わないように。わざわざ撮影しているのに、邪魔なものが写りこんでいるなと考えないように。

もともと、ヒットした前作を日本で作ったらどうなるかというのが製作意図のひとつだったみたいですし、ですから前作をある程度なぞっている部分があるらしいし。

まぁ、誰かのカメラで撮影されたということにこだわらなくてもよかったんじゃないかという突っ込みしたくなりましたけど。

50円で借りたにしてはいい作品でした。日本のホラーの底力を感じます。
夜中、一人で見るには怖い作品かもしれません。
posted by まっちゃん at 16:03| 福井 曇り| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画・DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする