2013年09月03日

嫌い嫌いも好きのうち



嫌い嫌いも好きのうちなんだろうけれど、言い続けられたら、こっちもいい加減うんざりしてくる。
そういうニュースしか流していないのかもしれないが、大統領の言動などはそういうことをしてないのだろうから、やはりいい気分にはならない。
ものすごく子どもという印象を受ける。韓国は新聞でさえも、自分たちの歴史や、中立性、国際性の感覚に欠如しているのでは無いかという印象を受けてしまうのだ。小学生が先生に告げ口する感覚と同じものを覚えてしまう。
そういうニュースばかりが目立つというか、そもそもそういうものがニュースとして流れてくる状態が不思議な気がする。
後々の事まで考え、どこかに冷静さがないと。

韓国がすべての発祥だと主張する姿をネットの住民たちは「ウリジナル」という。ウリとは韓国語でわれわれという意味だったが。それにオリジナルを足した造語である。
たとえば漢字さえ起源は韓国だと言い張るわけだ。日本の祭りすら起源は韓国なのだそうだ。むちゃくちゃな言い分だと思う。そのうち、人類の発祥も、すべての文化の発祥も韓国だと言い出してもおかしくない気分になってくる。
たとえばテコンドーのルーツは、空手にあるらしいのだが、韓国人はそれを認めない。もともとの創始者がそう言っているのに、はるか昔からあったそうな。
空手は、もともと体術から出ているのではないかな。刀や槍での戦いの中で、武器がない状態での戦いがもとにあったのではないのか。それは柔道のルーツでもある。
そして、本当のルーツは手足を使ったケンカだろう。それは、人間が動物である以上、縄張り争いや食物の取り合いで生まれただろう。それは原始時代よりもはるかに古い話だろう。
それが体系化していくことは充分ありうるのではないか。

反面、韓国ではそれを危惧する動きもあるという。
思い上がっちゃいけないということを言っている人達もいるらしい。なにか言葉があったが、忘れてしまった。

ともあれ、そもそもそれを主張することになんの意味があるのかがわからない。
自分たちが素晴らしいと言って欲しいだけなのか。
それでいま韓国がどこの国と比べても、飛び抜けて素晴らしい文化と文明を誇っているのならば意味がああるのかもしれない。でも、今まで日本に助けてもらっていた事実はあるわけでしょ。
日本が関わらなければ、民主化もない、染色技術すらなかったとも言われているし。

ジャパンオリジナルというのはちょっと違う。
例えばラーメン。ルーツは中国の麺類なのだが、もうまるっきり違うものになっている。だからラーメンは中華料理ではなくなっているといえる。
それぞれの工夫があり、成立自体が違う。昔は、きちんとした料理とくらべて格の落ちる食べ物だったが、いまや、料理と呼べるものにまで進化している。
そこにジャパンオリジナルというものがあるように感じる。
たとえば、近年日本のマヨネーズが海外で人気なのだが、これだって日本という国のフィルターを通すことでより美味しいものに変わっていったためだ。さらにはたらこマヨネーズなど、すでにマヨネーズではないものまであるのではないか。
ルーツは、欧米の家庭で作られてきたソースの一つじゃないか。でも、それにどれだけの意味があるというのだろう。
漫画だってそうだ。ももとは原始人の書いた壁画だった。それが、絵巻物というストーリーを持つ読み物となり、漫画となってきたのではないか? ルーツに意味があるのではなく、それをどう発展させて独自なものに作り変えていくかがキモなんだろう。

日本を千年うらむという。では、韓国は千年後ろ向きのままでいるということではないか、そういう気がする。
まあ、勝手にやってくれ。そんな気分になってしまうのだ。



posted by まっちゃん at 09:57| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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