2013年10月31日

アメリカの歌 / ポール・サイモン




アメリカの歌 / ポール・サイモン


僕はよく誤解され
たえず迷い
何度も見すてられ
しいたげられた
でもいい 平気だ
ただ疲れただけ
陽気にはなれない
故郷は遠い あまりに遠い

くじけぬ人間はいない
不安のない友はいない
砕けぬ夢
破れぬ夢なんてない
でもいい 平気だ
今日までやってきた
でもたどる道を思うと
考えてしまう
どこで間違ったのかと

死ぬ夢を見た
魂が僕の身をはなれ
僕を見おろして 微笑んだ
空飛ぶ夢
大空から僕の目は見た
自由の女神が沖へ出るのを
空飛ぶ夢

僕らはメイフラワー号に乗り
月へ飛ぶ船に乗り
この不安の世に アメリカの歌をうたう
でもいい 平気だ
幸運ばかりはない
明日はまた労働の日
だからしばしの休息を

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なんかつかれた。
心にしみるな

posted by まっちゃん at 18:32| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

昔、Lカセットというのがありまして………



昔、Lカセットというものありまして、カセットテープよりは大きいけれど、音質は断然いいというものでした。オープンリールのテープレコーダーは使いにくいけれど、Lカセットならということで、宣伝されましたが全く売れず。
曲面、あるいは柔らかいスマホというものがどういうニーズによるものかわかりませんが、Lカセットを思い出してしまったのでした。

私は、スマートフォンの必要を感じてないので未だにガラケーです。それで充分。
小さいし、電池は持つし、最低限のメールとニュースとツイッターはできるし。FBもまあ、見れますし。
スマートフォンはでかすぎます。

私はスマートフォン自体が、発展途上のような気がしてます。
たとえば、よく見るサイトは自動で無料の状態の時にと読み込んでおく、さらに必要ならば電波を探してデータを取り入れることもできるとか、本体はフィチャーフォンくらいでも、通話・メール機能は別に取り外せる防水・耐ショックの子機があるとか、5インチくらいの丸めておけるスクリーンに情報投影させるとか。本体は、メールが読めて電話できる大きさがあればいいんです。それで1週間くらいは充電なしでいてほしい。
よく子供の漫画であるでしょう、ボタンを押すと、携帯の上にスクリーンが展開するの。
欲を言えば、ナデシコみたいに、空間にスクリーンを展開、センサーで、アプリを指差しで起動できるとか。

なんか、柔らかいスマートフォンができたところで、腕時計型携帯ができたところで(携帯が普及してから腕時計のシェアは落ちてませんか?)、電脳メガネができたところで、結局は今のインターネットのが基板であるだけですから、あまりすこ゜いとは感じないです。唯一電脳メガネはファッション性と機能が両立できれば、空間に擬似スクリーンを展開できるので可能性は高いようにも思うのですが。
ただし、5ミリ程度の高さでセンサー兼用のレンズを左右に配置して、既成のメガネに脱着できるものがあればと思いますが。



posted by まっちゃん at 10:45| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月07日

人を思いやる心

北海道で土下座をさせたとして女が逮捕された。ツイッターに写真を投稿しているのだからどうしょうもない。
正しいと思っているのかどうかはわからない。
ただ、自分の快感のためにやったと言われても仕方がないではないか。

自分が人より優位に立つというのは快感ではあるだろう。でも、それは正しい快感なのだろうか。

最近、ツイッターでの不用意な写真により事件が起きている。
これは簡単に写真が取れるようになったからというような簡単な問題ではない。
むしろそうなったから問題が浮き上がってきたとさえ言える。

いずれも思うのは、人を思いやる心というものがかけているということだ。

しまむらで、買ったタオルに穴が開いていたというのは確かに不良品だろう。
でも、店員がすべての責任を負えるわけがない。

昔なら、「あなたが悪いわけではないんだろうけれども」と断ってクレームを入れていただろう。そういう人が多いと思う。
それをこちらの非にしてしまったらやはり怒るだろうけれども、そうではなく謝罪があったのなら、素直に交換して事なきを得るのだはないだろうか。

自分のことばかりで、人のことを考えない人達が、ツイッターでさらされているという気がする。
それは少数派なのだろうが、自分への戒めにしたいものだ。

自分の意見は大切だ。個性も大切。でも、それは他人を切り捨てていというのとはわけが違う。
人を思いやる心があるからこそ、日本は平和なのだ。
みんなで使う調味料がテーブルにあっても、安心して使えるのだ。
「他の人が使うだろう」そういう思いやりの心をみんなが持っているからこそ、日本の民度は高いのではなかったか。

江戸時代。警察に相当する部署の人数ははるかに少なかった。八丁堀というやつだ。もちろん手先がいて、岡っ引きも居る。でも、最大の特徴は、罪を犯したものが「神妙にしろ」というと、神妙になったことだ。
おとなしくお縄についたらしい。だからこそ、少人数でも治安は守れたらしい。

私達はどうだろうか。
人を思いやる心は忘れてはいないだろうか。




posted by まっちゃん at 15:45| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件に思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

トム・クランシーさんのご冥福を祈って



そうか。
トム・クランシーさんが亡くなったのか。

短い闘病生活というのが気にかかるのだけれど、苦しまなかったのだろうか。長く患うよりも、良かったのかもしれないが。
素晴らしい才能が消えてしまったことは残念。

その人生はどのようなものだったのだろうか。
悔いのない、楽しいものであったならいいと思う。きっと、自分の作品のなかに遊び、満ち足りた生涯だったに違いないと思うことにしよう。

ご冥福をお祈りいたします。


posted by まっちゃん at 08:34| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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