2013年10月07日

人を思いやる心

北海道で土下座をさせたとして女が逮捕された。ツイッターに写真を投稿しているのだからどうしょうもない。
正しいと思っているのかどうかはわからない。
ただ、自分の快感のためにやったと言われても仕方がないではないか。

自分が人より優位に立つというのは快感ではあるだろう。でも、それは正しい快感なのだろうか。

最近、ツイッターでの不用意な写真により事件が起きている。
これは簡単に写真が取れるようになったからというような簡単な問題ではない。
むしろそうなったから問題が浮き上がってきたとさえ言える。

いずれも思うのは、人を思いやる心というものがかけているということだ。

しまむらで、買ったタオルに穴が開いていたというのは確かに不良品だろう。
でも、店員がすべての責任を負えるわけがない。

昔なら、「あなたが悪いわけではないんだろうけれども」と断ってクレームを入れていただろう。そういう人が多いと思う。
それをこちらの非にしてしまったらやはり怒るだろうけれども、そうではなく謝罪があったのなら、素直に交換して事なきを得るのだはないだろうか。

自分のことばかりで、人のことを考えない人達が、ツイッターでさらされているという気がする。
それは少数派なのだろうが、自分への戒めにしたいものだ。

自分の意見は大切だ。個性も大切。でも、それは他人を切り捨てていというのとはわけが違う。
人を思いやる心があるからこそ、日本は平和なのだ。
みんなで使う調味料がテーブルにあっても、安心して使えるのだ。
「他の人が使うだろう」そういう思いやりの心をみんなが持っているからこそ、日本の民度は高いのではなかったか。

江戸時代。警察に相当する部署の人数ははるかに少なかった。八丁堀というやつだ。もちろん手先がいて、岡っ引きも居る。でも、最大の特徴は、罪を犯したものが「神妙にしろ」というと、神妙になったことだ。
おとなしくお縄についたらしい。だからこそ、少人数でも治安は守れたらしい。

私達はどうだろうか。
人を思いやる心は忘れてはいないだろうか。




posted by まっちゃん at 15:45| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 事件に思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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