2014年01月24日

「フェイスブックは伝染病のように消える」、研究者らが大胆予測



なんとなくわかる気がします。
ひところ流行ったツイッターも、つぶやく人ががくんと減った。毎日必死でつぶやくことにつかれたというか、なんでつぶやかなアカンの? という疑問が生まれたんだと思う。それが連絡Toolの代わりになっている人や、基本的につぶやくのが好きな人は使っているし、それを眺めるのが好きな私のようなものは使ったりするけれども。
FBも、一頃熱病のように書込していた人も、最近ではおとなしくなった。書き込んで、だからなんだというのだという気分になっているのかもしれない。
企業系の宣伝に使っている人はこまめに書き込んでいるけれど、あとはいつでも読める掲示板というか、そういう使い方が多くなった。こういうことやっているよとか、これどう思う程度の軽い書き込みで充分というか。
もともと友達とつながることが目的ならば、必死に書き込むような努力をするよりも電話で済む。

無くなりはしないかもしれないが、使い方は変わっていくのではないかと思う。情報をな花したい人が書き込み、それを大半の人は眺めているというふうに。それが重要なToolではなくなっていく気がするのだ。

ゲームもそうだろう。
皆で参加することが楽しかったスマホのゲームは、それが楽しい人達には受けるだろうが、ゲームの質や奥行きを楽しみたい人にとっては、今までのゲーム機のほうが楽しいだろう。それと同じことだ。
通信で多人数と楽しむゲームが良いならばそういうゲームばかりになりそうだが、そうではない。PCによる参加型のRPGがそれほど世間に受け入れられているとは思えない。

つまるところ、あたらしいものに皆飛びつくのだ。そして、それがどういうものであるか、理解したところで使い方が変化するのだと思う。

スマホだってそうだ。
携帯電話だけで済むのなら、通信費の高いスマホにする必要がない。だから未だにガラケーが売れているのだ。メールと通話だけが出来る携帯電話で、通信料が安いなら、そのほうがいいという人もたくさんいるのではないか。
タブレットで、公衆LANのあるところで情報を手に入れ、それを保存することで利用度を高め、あとの連絡は安い携帯電話で充分。

だからFBが今より利用者が少なくなったり、消えると言われても驚きはしない。


posted by まっちゃん at 13:42| 福井 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月22日

ゴジラと原子怪獣現る

先日、昔のビデオを見ていた。『原子怪獣現わる』というアメリカの昔の怪獣映画。1953年だから、ゴジラの前年ということになる。
ストーリーはゴジラと似ていて、北極だの水爆実験で目を覚まし、漁船などを壊しつつ、ニューヨークにやってきて未知の細菌をまき散らし、アイソトープ弾を受けて絶命する。
原作はレイ・ブラッドベリの『霧笛』。だが、原作のムードはみじんもない。霧笛は古代生物が、仲間の声のように聞こえる霧笛をしたって灯台に現れるという話で、古代生物の悲哀というものがとても感じられる作品だ。だが、映画は、ただのエンターティメントである。霧笛を連想させるシーンもあるし、どうしてニューヨークかといえばかっての生息地だったから仲間を求めてといえるのかもしれない。でも、やっぱり霧笛にはかなわない。
全体的には、科学者が死亡したりとか、ゴジラとの類似点もある。

それで今日はゴジラを見た。1954年版。ちょど今から60年前の映画だ。仕事しながらのチラ見だが。
昔は、夏休みになるとNHK教育テレビ等で繰り返し放送されたものだ。後に敵対する怪獣などが出てくるようになり正義の味方っぽくなってしまったが、初代のゴジラはまるで違う。
そして私も年をとって、見方がかなり変わった。
ゴジラとは戦争であり、災害であるのだなと思う。
破壊される街の中で、母親が子どもたちを抱きしめながら「もうすぐ、お父様のところに行くのよ」と子どもたちに言う。お父様は戦争で亡くなったのだろうか。
ゴジラに街を壊され、あまりの惨状に感情を失った子どもたちが描かれている。母親をなくして泣き叫ぶ幼い女の子がいる。
希望を失った人間が描かれている。私はゴジラを見て、初めて泣きそうになった。
それを救うのは、人間をも滅ぼしてしまいかねない化学兵器。
それを作った罪深さ故に、科学者はともに命を落とす。
ゴジラは、ただの怪獣映画ではないという由縁が感じられた。久しぶりに見てみるもんだね。

今年、アメリカでゴジラの新しい映画が撮影されている。以前のゴジラは「ジラ」と呼ばれて、ゴジラとは似ても似つかぬものだっだけれど、今度のは予告編を見る限り期待できそうな気がする。




posted by まっちゃん at 13:46| 福井 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月14日

疑心暗鬼



結局のところ、いくつかの論評などを先入観を持たないで比較していくしか、隠された正しい情報を読み取るしかないのかもしれない。
マスコミは、自分の意図する方法に世論を誘導しようとする。第3社の中立な視点というものが、言論の自由や、そのたもろもろもろのパワーバランスによって変わっていく。

何でも反対する人達、あるいは2ちゃんねるを代表とするかのように言われているネットの住民たちの意見、それさえも、実はどこかで曲がった情報を流している可能性だってある。

注意深く見ていかなくてはならないのだが、そんな暇はないのが普通。
さてさて、じゃあどうすればいいのだろうか。
posted by まっちゃん at 10:22| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月11日

最近の韓国系の記事を見ていて思うこと



昔は韓国という国は好きだったのだが、最近のニュースなどを見るにつけ嫌いになった。
中国もそうなのだが、言動が子供のようだ。まぁ、人間個人、1人ひとりはだれでも礼節を守ったり、いいところがあったりして好きになれるものだが、人間が集団になると不思議なものでとたんに融通がきかなくなる。国となるとさらに子供のようになってしまう。争いはダメだよ、仲良うしましょうとは幼稚園でも習うことなんだけれどね。それは韓国や中国だけではなく、どこの国だってそうなのだけれど。

韓国の正しいニュースがどこまで曲げられずに報道されているのかは知らない。また、日本の事がどれだけ曲げられずに報道されてているのかは知らない。国際外交のルールというもの、駆け引きというものがどういうものかは知らないが、飛び交ういろんなニュースか全て正しいとは限らない。それでも、最近の韓国系のニュースは眉をひそめてしまうものが多い。

こういう言葉がある。
身体が不自由な人は、時分が不自由なことを知っている。だが、心が不自由になると、自分は正しく、相手が間違っていると見えるようになる。これは、病気の話だが、最近の韓国・中国にも当てはまるかもしれない。もちろん、日本だって自分たちがそうならないように国民が気をつけるべきだし、正しい情報を発信していく努力も必要なのだろう。

正しい歴史認識をというなら、日本は敗戦国である。
戦争のために働き手を失った家もたくさんある。そして、片田舎の都市まで焼夷弾で燃やし尽くされた。
自分たちが生きるために、学生は校庭まで畑にし、たがやした。そして誰の目にも負けがわかっているのに原爆が落とされた。
日本は焼け野原だった。食べ物がなく、皆お腹をすかせていたし、学校では教科書を自分たちが書き写して作ったのだ。占領軍がやってきて、日本は負けたのだと誰もが知っていた。
その中から日本は復活した。高度成長期を迎え、戦後補償も中国や韓国を始めとした国々に行ってきた。円借款も行ってきた。
国際貢献も大きい。国連にどれだけ資金を出しているのか。様々な資金を提供してきた。
それは焼け跡の中からたくましく復興してきた、戦中戦後世代が必死に働いてきた血と汗ではなかったか。
そのころ、中国と韓国はどうして発展してこなかったのだろう?

漢字を捨て、文化を消し去ろうとした韓国の人達にとやかく言われる筋合いはない。戦争を知らない世代はただそう思う。
教科書から、昔の日本がやってきていたことを消し去ろうとしている人に、正しい歴史認識をと言われても、それはあなたたちのことではないのかと思ってしまう。過去に日本がやってきた事実がないのならば、あなた達は誰をどうして恨みに思うのか。不思議にさえ思うのだ。

大昔は、朝鮮半島を経て様々な文化が入って来たのは事実。機織りなどの技術や、仏教だって伝来したかもしれない。でも、それは歴史なのだ。日本はやがて半島を経由せずに、中国から直接学ぶことになる。
そして、それをベースに独特な文化を作り出す。
日本は、昔から同じ頃にとどまってはいないのだという気がする。
漢字は、やがて万葉仮名となり、日本の言葉にあったものに作り替えられる。それはもう独自なものだ。
今で言えばスパゲティは、イタリアが元だが「たらこスパゲティ」は日本から生まれた。たらこスパゲディはイタリア料理とイタリアは主張するだろうか。
ラーメンは、もともとは中華そば、支那そばと言われた。しかし、その時点で別物だったらしい。今のとんこつラーメンやみそラーメンが、中華料理と言えるのだろうか。これは新しい日本の味ではないのか?
ともあれ、朝鮮半島に日本が入った時、朝鮮半島はまだ未開の地のようだったという話も聞く。それが真実かはわからない。とにかく漢陽今のソウルは世界屈指の不衛生な都市だったらしい。まぁ、昔のロンドンやパリも、汚物を道に捨てていたから人のことは言えないが。
そして、オンドルと焼き畑のためら森は燃やし尽くされハゲ山ばかりだったという。そのため、表土が流れ、岩盤が出てきてしまうために農産物も取れなかったという。日本の統治時代に植林が行われるようになり、現在では回復しつつあるらしい。まぁ、実際のことはどうなのかはわからない。
ただ、何でもかんでも韓国起源で、韓国が優秀という論説には眉をしかめたくなる。そこに歴史はない。それほど何でもかんでも立派なら、どうして日本の統治時代なんてものがあったのか。それをないものにして教科書から消し去るというなら、歴史の改ざんであり、韓国が日本を目の敵にしたい理由も亡くなってしまう。
また、韓国起源説と同じ理屈なら、アフリカが人間の始まりはアフリカなんだから、全人類はアフリカ人だと言っても間違いではないことになってしまう。だからすべての起源はアフリカだと言いはるようなものだ。

まぁ、何でもかんでも文句をつけるのはどうかと思う。
恨みには恨みしか返ってこない。信頼をなくすのは一瞬だが、回復するには膨大な時間がかかる。
あまりにも反日をやりすぎてもいいことはない。
本当に日本が嫌いなら、黙って日本に頼らず、独自に行けばいい。ほんとうに、今の韓国のやり方は、行き過ぎている。そのうち、何をいっても日本では報道すらされなくなるような気さえする。騒がれているうちが華というか。

どうなんでしょうね。

posted by まっちゃん at 16:03| 福井 ☔ | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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