2013年03月24日

パソコンの未来についてふと考える

ふと、コンピュータの未来ってどうなんだろうと思った。
と言うのも、知り合いがまったくネットの世界とは無縁だったからだ。でも、パソコンは使う。必要最低限のことといっても、画像処理や動画編集、音楽の編集などをこなしているのでそういう意味ではスキルは高いのだ。でも、ネットはしない。
最近はネットにつながっていないときちんと動かないソフトもあるので、どうにかしてネットにはつないでいるが、基本的にツイッターやフェイスブックもしない。するのは自分が何かを加工したいときに使うのだ。まるっきり、パソコンはただの道具なのだ。
そういう人もいる。いいなと思ってしまった。

ネットに夢中になると、自分がパソコンを使っているのか、パソコンが自分を創っているのか分からなくなることがある。
毎日ブロクを更新しなければならないと、強迫観念にとらわれたり、四六時中ツイッターに自分のことを書き込んだり、フェイスブックでないとコミュニケーションが取れないと感じたり。
そして、携帯電話にネットがつながり、スマートフォンとなり、さまざまなタブレットになった。今までのノートパソコンもあれば、ディスクトップパソコンも筆記道具として、情報端末として活躍している。でも、ふと思う。パソコンはパソコンであり続けるのだろうかと。
でも、本当はそんなことはないのかもしれない。
パソコンが、電脳メガネになったとしてもそれは形態が変化しただけで、たいした進化とは言えないと思う。後得、マンガのように空中にスクリーンが出現したところで、パソコンがパソコンであり続ける以上それは形態が変化しただけという気がする。

ふと、未来を考える。
たとえば、電子メールと電話が融合したらどうだろうか。
留守電のように言葉が文字となって残る。あるいは、文字が言葉となって聞こえる。電話がかかってくる。時間指定のメールが聞こえる。あるいは普通の電話。
相手が出れない留守番電話の時に話した言葉が、メールとなって現れる。
これは面白いかも知れない。
そこには電話とメールと言う境目が無くなっていくかもしれない。

ソフトだった同じことだ。
たとえばエクセルやワードを完全に使いこなせる人はどれくらいいるのだろうか。フォトショップやイラストレーターは?
たとえば「こういうことをしたい」ということを文字なり文章なりに入れると、それに適合したソフトを探し出してくれる機能というのはどうだ。基本となるオープンソースのソフトがあり、それを必要な人が自分なりの用途に改造していく。それに必要な知識は要らない。言葉でこれをこうしたいと言うだけだ。すると、どこかにあるコンピューターが、それに見合ったソフトを探すか、改造を施す。
そして、それをオープンにするか、シエアにするか、純粋にプライベートにするか指定する。100人中たった一人がそのソフトにぴったり合えば、100円なり200円なりでソフトが提供される。開発した人にもお金が入れば、誰だって幸せになれるかもしれない。
ややこしいソフトなんていらない。機能なんてそんなにきっといらないのだ。自分が望むようなことができればいい。そんなヒントを与えて、一緒にソフトを作れるような仕組みが生まれればいいな。

また、パソコンはテレビやビデオと同じになる。
意識しないで生活の中に根ざしたもの。テレビを買えばインターネットにつながっている世界。
そこには、ダウンロードやバージョンなんてものはない。OSなんてものにはこだわらない。いつだって、身の丈にあったものが用意されていく世界。
そんな世界がこないかなと思う。誰もが意識せずに、パソコンをただの道具として使う時代。
OSやスペックでパソコンが売れる時代はじきに来なくなるような気がする。ある程度行くとオーバースペックとなる気がするのだ。それから後は、一般的であればここまでのスペック、それからこういう仕事ならこういうスペックとかただ別れて行くような気がする。そして、昔のワープロや、ビデオと同じになるような気がする。あれだって出たときには大変なものだったのだから。全てにパソコンと電化製品の境目が無くなっていく。
きっと、たぶん、パソコンは今、テレビで言えばモノクロテレビがカラーテレビになりつつあるくらいなんだろうと言う気がする。高価で、カラーがまぶしかった時代。

そして、電脳のようなチップが頭に組み込まれていくようになれば、さらに何らかの新しい世界が開けるのだろうか? 想像すらできないかもしれない。

ともあれ、誰かが言った言葉を思い出す。
「パソコン? あんなものはただのそろばんでさ。電気がなきゃただの箱ですよ」
そう考えると私たちは箱に囲まれてすごしている。
テレビと言う箱、ビデオと言う箱、冷蔵庫と言う箱。電子レンジ、オーブントースター、オーディオステレオ、それからいろいろ。
みんな電気がなきゃただの箱だし、テレビやビデオはなくても生活できる。もちろん、パソコンだってそうなんだけれど。

ふと、そんなことを考えたのだ。
posted by まっちゃん at 21:52| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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