2013年12月19日

日本製の電脳メガネが発展しないわけ



以前、E社のインターネットに繋げるメガネを見せてもらったことがある。Xメンにでてくる、サイクロプスのゴーグルをもっと巨大にしたようなもので、開発中の試作品だとおもったら市販品だったのでびっくりした。
たしか開発者は、非常に性能の高いスクリーンを使うためにそういう形になったと言われたような気がする。それで映画でも見ればたしかに綺麗かもしれないが、そんなものをつけて街を歩こうとは誰も思わない。

グーグルグラスのプロモーションビデオがあったので、見てもらったのだが、そんな風にはならないと言われた。それはまだ願望にしか過ぎないだろうというような。

確かにグーグルグラスの解像度は低い。しかも右側にしかない。でも、E社のは欲しくないが、グーグルグラスのほうは売れそうな気がするのだ。
もちろん価格もあるだろうけれど、街のなかで付けて歩いても違和感もなく、普通に使えるだろう。歩いていて指を刺されることはまずない。

アニメの電脳メガネのようなものができたらやはりすごいだろうけれど、現実ではまだ無理だ。
それに近いのは日本製のものとグーグル・グラスとどっちだと言われたら、やはりグーグル・グラスなのだ。

性能は日本製だろう。技術の決勝を集めて作ったもので、性能は負けてないというはずだ。
でも、使い勝手が悪すぎる。


かって、コンピューターは一般の人は使えないものだった。コンピューター言語を知らなければ、無用の長物だった。でも、ここまで一般的になったのは、MS-DOSのおかげだろうし、Windows95が発売されたからだろう。安くて、誰でも使える。
使いやすさではマックのほうが使いやすかったが、なんせ高い。そして、マックはブラックボックスでなかなか素人は壊れたら直せなかった。
安くて、誰でも使えるということで、一般家庭まで広がっていく。Windows。そしてインターネット。だれでも使えるようになったから、広がったのだ。

同じようなことは電脳メガネにも言えるのではないか。
最初はしょぼくても、基本性能はどんどん上がっていくだろう。
スクリーンも薄くなり、カメラもスクリーンも左右になるだろうし、視力補正のメガネを使っている人も使えるようになるだろう。
そんなものは、バージョンアップしていけばいいのだ。
ワープロがパソコンに変わったように。ノートパソコンがタブレットに変わったように。必要な人はハイスペックなものを使うだろうし、必要ない人は3000円のタブレットで充分なのだ。

どうも、見ていると日本の製品は高性能を売りにしているが、日常が欠落しているような気がする。
くそ重い(実は重くないらしいが)メガネを掛けてどうしろというのだ。
グーグルグラスの開発は、もともとも日常での使い勝手を考えて出て来たものではないのか?
というか、日常で使うことを前提として考えたようなきがするのだ。

そのうちスクリーンの技術もセンサーの技術もたかくなり、声のコマンドでなんでも出来るようになるだろう。
壁や机に投影された(実際はメガネの中だけだが)のキーボードで、黙っていても入力もできるようになるだろう。
メガネを掛けあっていれば、同じ情報を同時手に見せることも出来るだろう。
広告は、何もない空間に展開させることができるようになるだろう。昔のアニメで見た、何もない空間に通信スクリーンが展開するというのも、出来るだろう。左右のスクリーンがあれば3Dのように、好きな位置にものを動かせるだろう。
今はまだグーグルグラスをかけての運転は許可されないだろうが、車の中にスクリーンと連動して、運転中に見てはならないものは車内のモニターに切り替わり、電脳メガネにはナビだけが反映、あるいは車のセンサーと結びつくことも出来るだろう。
仕事は家庭用のパソコンを使い、その画面そのものを、ノートパソコンや、タブレット、電脳メガネに移動できるようになるかもしれない。クラウドではなく、パーソナルデータをそのままスライドして持ち運べるようになるかもしれない。

いずれにしても、いまのスマートフォンが1週間以上電源が持ち、落としても尻のポケットに入れても壊れず、通信料が今の携帯の通信料より安くならなきゃダメなような気がするが。




posted by まっちゃん at 11:16| 福井 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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