2016年01月13日

成人式って誰のため?

成人式のニュースをテレビで見ていた。違和感を感じるのは、みんな成人式を「自分のための式」だと考えていること。だから自分が好きなようにすればいいと考えている。
成人式は確かに自分のためではあるのだが、その意味合いは違っている。
「成人して、自分が社会にとって責任ある人になったことを示す式」ではないのか?
自分のことだから自分勝手にやればいいというのは、成人式そのものの意味を取り違えているように思えてならない。
自分は自分勝手な子供ではなく、社会の中で生きていくことを決意し、認められるための式ではなかろうか。だから、きちんと正装し、社会に対して自分は子供ではないことを示さなくてはならない。

結婚式前日を独身最後の日として楽しむように、馬鹿をやりたいのなら成人式前日にしたらどうだろう。そして、子供っぽいことはこれで最後にして、成人式にはどこに出しても恥ずかしくないきちんとした服装と言動を示すのだ。そっちの方がかっこいいと思うのは、私だけだろうか。

実際には成人式過ぎたって子どもは子供である。大人になれるのは人生を高みから見ることができる40代や50代かも知れない。男はずつと子供のままかもしれない。それでも分別はつくというものだ。

それでも、成人式というのはどこへ出しても恥ずかしくない覚悟を決めるのだと思う。とりあえずデモ。中身は子供でも。
つまるところ成人式は社会のために行われるのだ。決して個人が好き勝手する場ではない。社会のために行って、それがひいては自分のためになるのだと思うのだが。
posted by まっちゃん at 12:26| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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