確かに捨てられ続ける資源を有効利用しようというのはよくわかる。でもね、なんか正しくない。
もともとの森を健全に保つための間伐材を使っての割り箸なら、とことん再利用はいいと思う。
燃やして灰にして、肥料に撒くといっても、今は使わないしね。
それが燃料になるのはいい。
でも、割り箸の90%は中国産。それも、切り倒すだけ切り倒してあとはほったらかしというじゃない。使った分植林をされていないし、したとしてももとの大きさに育つには、何年かかることやら。
使うスピードの方が速いというわけ。
森をなくした分を使い切るだけだものね。
それより御箸を持ち歩いたほうがいいと思う。自分の箸だったら、ほとんど洗剤もつかわず、水で洗うだけでも充分だと思うし。
あと、ティシュペーパーの代わりに、タオルを。要らない包装紙をやめる。そんなことの方がいいと思う。
バイオ燃料ということで考え出されたのだろうけど、なんだかあさはかな感じがするのはなぜだろうか。
それは、再利用しても使い捨て文化がそのままという点にあるのではないだろうか。それも他国の森資源である。
どうせ捨ててしまうのなら再利用はいいと思うが、再生しない利用はやはり悲しいものがあるのだ。



京都府でNPO法人の事務局長をしております。
使い捨て文化そのものを指摘しておられる点、全く同感です。
バイオマスプラスチック製のスプーンを何の疑問も持たず使い捨て、「これは燃やしてもCO2は出ないから!」とまるで“良いこと”をしていると信じている、、、。
100年後の環境を守るためには、100年前から受け継がれた変わらぬ価値観をもう一度大切にしたいものです。
失礼しました、、、。
使い捨て文化は考えなくてはならないことですね。そして、もったいないだけではなく、自分の手で、もう一つ手間をかけることを嫌がってはいけないのだと思います。
活動がんばってください。