始めにお断りしておくが、私には支持政党はない。というか、今の選挙制度そのものに疑問すら持っている。でも、現在の政治の形がそうなっている以上、その結果については受け入れざるを得ないというのが現状なのだ。こうしたほうがいいのではないかという想いはあって、人に話すと賛同はしてもらえるが、現実に動き出せるほどではないといったところ。でも、それは個人的な思い。
さて、所信表明があった。詳しいことは知らないけれど。
私が喜ばしいと思ったのは、きちんと話し合うと言っていることだ。それはとてもいいことだと思う。
強引に自分の党の、あるいは自分の想いだけの政策をごり押しするのではなく、話し合うということは、お互いの意見のいいところを知ることにもなる弱い部分を知ることにもなる。それで結果的にいいものが出来れば国民としてこれ以上喜ばしいことはあるだろうか。
自民党にしても、民主党にしても、社民、共産にしても完全なものなど出来はしない。修正しながら、話し合いながら国政を進めていく。ある意味理想的ではないか。
99の愚劣な意見があったとして、1つのすばらしい意見があるとする。数の政治なら、そのまま99が全てになってしまうのだ。ところが話し合うというのだから、1の良さを認識できるチャンスが訪れるのだ。それで、なるほどと思う人が増えれば、それが生きるチャンスもあるのではないかと思うのだ。
■具体的な政策が盛り込まれていない。そりゃそうだろう。話し合うのなら。いま、それを出してもめるのは得策ではない。色んな意見を調整するということなのだろう。
■迫力がない。あるいはカリスマ性がない。
それをやってきたのが小泉さんでしょう? それで色んな政策をやったけれど、地域格差、所得格差など、貧富の差が生まれてもいる。そのスタイルだけを継承しようとした安部内閣もそれを貫くことは出来なかった。
小泉さんだったら、大臣をすぐにやめさせていたと思うよ。それに、中途半端なかばい方もしてないと思う。
そして、会計事務所、事務所のミスならはっきりと大臣そのものの資質には関係ないことなのだから、それを言っていたと思う。謝っていい問題だから。事務所の改革なり会計事務所への指導しますでけりをつけていたと思う。
福田内閣というのは、その揺り返しの部分もあるのではないかという気がする。
何を言っても文句だけつけていると、飽きられてしまうよ野党さん。
話し合うといっているのだから、自分たちの意見をじっくり聞いてもらいましょうと言えばいいと思うのだ。私たちの意見が通るのならそれは与党も野党もないのではないか。
ただ、文句つけているだけの昔ながらの戦略だけでいいと思っているのかな。けんか腰はいけないと思うのだ。
もう少し、大人になって大人の話し合いを、本気の大人の話し合いをして欲しいのだ。
数の力だけではなく、本気で話し合いをして欲しい。そして、本気で話し合いが出来るだけの資質をもった人が何人いるのかな…



