2015年08月21日

戦争なんかしている暇ないっていうの



戦争なんかしている暇ないっていうの。
世界のどこかでドンパチやったり、あそこはうちの領土だのなんだのときな臭いことやったり、そんなことする金があったら、温暖化防止だね。
気が付いたときには、もうかなりの痛手を負うことになる。

戦争反対なのは当然としても、みんなが争うことやめて、憎んだり、悪口行ったりすることはやめておけぱ、もっと住みよい世界になるのにな。安保も軍拡もやめて、そのお金を別に使おうよ。
お互いが手を取り合う世界だったらと思う。人類はもう一歩進化すべきだと思うね。それで、みんなで地球温暖化を止めるんだ。あほみたいに70年前にこだわり、自分たちが火種になってしまうよりも、気持ちよくリセットしてお金も情報も技術も人類全体のため、地球全体のために使われるべきじゃないだろうか。
posted by まっちゃん at 09:43| 福井 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月24日

追い込み漁よりもっと残酷なんじゃないか。



「2010年にメキシコ湾(Gulf of Mexico)で起きた英エネルギー大手BPの原油流出事故による石油汚染の影響で、海域のイルカが異常な肺疾患にかかり、高い確率で死んでいるとの研究報告書を米国の科学者らが20日、発表した。」
これって、どうにも出来ないんだけれど、追い込み漁より残酷じゃないのか。ついこの間も、アメリカでイルカや鯨の繁殖地で原油が大量に流出したというニュースがあった。

事故と文化とは違うかもしれない。
でも、追い込み漁のイルカは生き続け、事故の犠牲となったイルカは苦しみ死んでいく。
どうなんだろう。

事故だからといって許されるのだろうか。
人間は原発事故は許さない。では、イルカが原油事故はゆるさないといったらどうするのか。

なにか救済しているのだろうか。
追い込み漁よりも、私はこちらのほうが心が痛むのだ。
posted by まっちゃん at 10:29| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月09日

これで寿命が縮まるとしたら、中国はどうなるのかな



「今回の研究では、PM2.5の濃度が大気1立方メートル当たり5マイクログラム増えるごとに、早死リスクが7%増加していた。

さらに、EUの環境基準ではPM2.5の上限濃度を1立方メートル当たり25マイクログラムと定めているが、汚染度がこの基準値を大幅に下回る地域であっても、早死した人数は平常より多かった。」

なのだそうな。

以前東京に住んでいた時、イオン式の空気清浄機が、しばらくで真っ黒になったことに唖然としたことがある。バイクを使っていたのだが、バイクジャケットは、空気の流れに沿って黒くなっていたしなぁ。
田舎に戻ってから、同じ空気清浄機が全く汚れなくなった。近くに国道も走っているのだけれどね。

ちなみに、北京での空気清浄機のフィルターの写真をネットで見たことがある。4日目で黒くなり、15日目だと交換時期かと思うほどの汚れ。ちなみに室内でである。
この人達は、どうやって生きているのだろう。あと数年もしたら中国の主要都市は病人ばかりになるんじゃないか。あるいは、医療費が莫大にかかり国家財政を脅かすんじゃないのか。

不毛な争いや、人の悪口をいいあっているよりも、都市緑化デモしたらどうなのかね。軍事や争いばかりにお金をかけるより、国民の健康を守ったほうが、よほど良いことのように思えるのだけれど。
中国の誰かが言っていたけれど、「尖閣諸島とか魚釣島などのあんな石ころよりも、もっと大事なことがあるだろう」と。

posted by まっちゃん at 15:17| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月30日

中国は、大丈夫なのか?



今朝、いつもはしばらく開けておく窓をさっさと閉めました。もしかしたらもう日本にもやってきているのでしょうね。大気汚染。
ずいぶん昔に、東京でバイクに乗っていて、上着がものすごく汚れるのが気になりました。排気ガスのせいですが、その頃だってもう日本の大気汚染はずいぶん改善していて問題になっているようなことはなかったです。それでも上着は汚れていて、唖然としてた事を覚えています。
その比じゃないようですね。
日本でマスクしている人を、外国人は不思議なことだと思うそうですが、中国では生死にかかわることなのかもしれません。マスクは、もう必需品。それでも完璧ではないはず。
急激に経済大国になった事で、いろんな不具合がでいるのですね。日本でも四日市ぜんそくや、光化学スモッグなどありましたが、その教訓などは中国は考えなかったのでしょうね。
もう目先の事ばかりにとらわれる時代じゃないのだろうと思います。一つの国だけの問題じゃない。
大気汚染は中国から、朝鮮半島を経て、日本に流れてきます。
それは世界中にばらまかれていく。
中国だけではなく、インドや、アジア諸国もみんな、これからの事を考えなくてはならないのでしょう。
経済だけがグローバルなのではなく環境こそ国境などない事なんじゃないかなとおもいます。
中国でお金だけが幸せじゃないと田舎に帰り農業を始めた人が話題になっていましたが、帰った田舎も汚染されていて、他の人の土地を借りるしかなかったようです。なんか、複雑な気分ですね。

posted by まっちゃん at 10:46| 福井 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月05日

そもそも、そんなところにたっているのがおかしいのだ。



そもそもそんな議論をしなきゃいけないところに原発が建っていること自体問題なんだがな。
活断層だろうが、地すべりだろうが、次がないという保証はない。地すべりだとしたらどこから滑ってきたのかわからないけれど、それでも次はあるのかないのか。
それにしても、全員が同じ結論ではなくて、活断層と見立てる学者がいると言うこと自体が問題。「疑わしきは、罰せず」とは人間に対して言う言葉。原発に対してはそれはありえないと思う。「疑わしきは、すべて黒」でなければ、安心してはいけないのではないか。
自分の儲けのために、日本を担保にしてはいけない。
だいたいいつまでも原発に頼ってないで、ほかの発電の研究開発にお金を使うべきだろう。電力会社も。原発ばかりやっているから、この狭い日本に山のように核廃棄物がたまり、最終処分さえもできない。この現実を考えるべきだ。最終処分が決まったところで300年は監視し、10万年は立ち入り禁止。本当はそれにかかる費用も今の原発の電気料金に上乗せしなきゃならないはず。300年もぼけっと見張っていても、もし、そこから放射能が漏れ出してもなす術はない。

ともかく疑わしいならやめてくれ。
学者の一人や二人意見が違うから安全とは言い切れないわけだろう?
つけを払わされるのは、何も知らない国民だけじゃないのか。
もし、若狭湾で何かあったら、日本全体が世界から見捨てられるのは間違いないと思うがな。
(大体、日本で原発を作れるほど安心な場所って有るのか?)




posted by まっちゃん at 09:06| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月03日

福井の繊維工場の屋根に太陽光発電パネル

福井県鯖江市にある福島織物さんが、自然エネルギーの必要性を感じ、工場の屋根に太陽光パネル468枚を取り付け高圧売電を始めた。これで、30軒分の発電が出来るらしい。総工費が約5000万円。年間460万円の販売が出来るということで11年で元が取れることになる。
パネル自体は、東芝のもので50年という実績がすでにあるので、あとは回りの機器を保持していけばいいのだろう。

実際に、こうした事を実行されるのは素晴らしいと思う。
福井は一応雪国だ。その冬を実際にどう乗り切っていくのかとか、ノウハウがたまっていけばまだまだ広がっていくのだろうなと思ってしまう。
そのうち工場の屋根には太陽光発電パネルが当たり前になり、ビルや家にも、設置されるようになる。家の側面や、家から出る排熱も電池で回収できるのかもしれない。雨水や雪だって何かに利用できるのかもしれないという気がする。そして発電効率も上がり、単価が安くなれば、エネルギーは自分で生み出す時代になるのかもしれない。

原発銀座の福井でも、こうした取り組みをされている会社があるというのは心強い気がする。決断された社長さんや会社に拍手したい。


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2012年08月07日

猛暑は地球温暖化が原因



これはもっと大きなニュースでもいいのではないか。過去ヨーロッパで起きた猛暑、今年のアメリカの旱魃。これらはやはり地球温暖化に原因がある。
最悪のシナリオより、現在はもっと深刻だと言うニュースは、本当にわれわれの生活をどうするのか考えるきっかけになるはずだ。
足るを知り、行き過ぎたなにかを戻すべきだ。
温暖化で原発が必要とわめくのは間違い。温暖化だからこそ、原発も捨てて、私たちは不足の中で「足るを知」らなくてははならないのではないか。
有り余るほど何かを生産し、それが経済だと言ってしまうのは何かがおかしい気がする。

有り余る生活をやめれば誰かが困るわけだか、それは世の習い。そういう世の中になれば、なにかほかに生きる術を求めていくしかないのだろう。

私たちには再生可能な自然がある。
それを活かし、共生して行く必要がある。
自然を守り、守ることで自分たちが守られるような。

江戸時代は森と水は、人によって守られてきた。
森はenergyの宝庫。それで人は家を建て、暖を取り、食事を作り、生きてきた。だから無用な開墾は許されなかった。だからいつまでも森は人に恵みを与えてきたのだ。
そして、人は開墾しなくても田畑の能力を上げることで、生産力をあげてきた。

地球規模で何かそういうことができないものだろうかとふと考える。
今からでも遅くはないのだと信じたい。


posted by まっちゃん at 22:10| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

忍び寄る、温暖化の足音・・・



九州を襲った雨は、日本が熱帯化しているからという話も。京都でゲリラ豪雨というのも、熱帯でのスコールと同じという話だし。

アメリカも、温暖化が進むと干ばつが進むという話でしたから、温暖化なのかなと。

ここで原発推進派はだから原発をと言いそうだけれど、原発はもっと大きな視点に立つと温暖化には全く効果がないシステムなんですね。

それよりも、いかに自然を大切にして自然と共に生きる生き方を考えなくてはならないのかもしれません。
そういう社会的なシステム、文化的なシステムをみんなで構築していくべきだと思いますけどね。

家で、猫の額ほどの畑を作ってます。手を入れてないので草ぼうぼうですが、最近は、ざるにいっぱいのミニトマトが採れます。胡瓜と。
太陽と水と土だけでこんなものが生まれるというのは驚きです。採りながら口に2つばかり放り込むと、生命の息吹を感じます。そういうものが大切なのかもしれません。
テレビを消して、何度も好きな本を読み返し、日が暮れたら早く寝る暮らしほど、温暖化防止になるような気がします。

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posted by まっちゃん at 18:05| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

世界のサンゴ礁が急減、8割消えた海も 国際シンポで警鐘。その原因は?



サンゴ礁がなくなると、魚たちも生きていられないということなんでしょうね。その影響は計り知れない。
海水温上昇、海洋の酸性化、乱獲、陸地からの汚染が原因。
人間の大掛かりな商業活動が、環境に配慮されていないので起きたのが原因ですよね。

そういえは、エチゼンクラゲの大発生も、もとは中国の海が汚いせいじゃないかと。自然が人間にしっぺ返ししていると。

日本は、山、川(水)に対してかなり保護してきました。江戸時代のエネルギーは薪とか、炭とか。家を造るのも木材。だから山をあらすようなことがないようきちんと保護されてきたはず。また、水も同じ。田畑を潤すだけでなく、大切な飲料水でもあったはず。
だから、赤ちゃんのおしめを用水路で洗ったら死罪なんてことさえ。
だからこそ、大都市の江戸でも、河口で子供たちが水遊びをすることもできたし、お茶の為の水を川に組に行くなんてことが出来た。

江戸時代は、リサイクル型とでもいうのでしょうか、一つのものをとことん使いこむ。茶碗も割れれば継いで使う。布も紙もリサイクル。鍋だって穴があいても直して使う。そういうリサイクル産業もあって、人々の暮らしを支えてきた。世話をしてやれば、森は再びエネルギーを生み出してくれた。

現代は、消費型ですよね。消費をすることでしか社会が循環している。だから、物があふれ、捨てられ、ゴミが増える。
本当はここで、リサイクル型に舵を切らないといけないのかもしれません。
たとえば自動車業界は、まだリサイクルが進んでいます。中古車業界が存在するということがすでにそうです。立派なリサイクルによって生活している人がたくさんいる。どんどん買いかえられていって、しまいには発展途上国に行って使われる。そして、最後には部品取りでしょうか。でも、そこまでいって鉄とかプラスチックに分別され再利用されたらいいんでしょうがなかなかそこまでたどり着かない車も多いでしょう。
途中で捨てられてしまう状態が多いという気もします。まだ不完全なのでしょう。
パソコンに至っては、どんなにリサイクルしていっても、数年で使い物にならなくなる。新しいOSに、パソコンのスペックが追いつかない。動くものであっても、捨てざるを得ない。

生産活動は多くないと消費社会は支えられませんが、リサイクル活動が消費社会を支えることが出来ればと言う気もします。リサイクルによって生活が成り立つような仕組みとでもいうのでしょうか。

江戸時代は、糞尿にいたるまでお金になりました。かまどの灰さえ。
昔みたいに、ゴミがすべてお金になり、それを回収する人たち、販売する人たちの生活が出来、ごみがまた魅力ある製品に生まれ変わらせることが出来たとしたら、もっと海を守ることが出来るのかもしれません。

うまく言い表せないのですが、海を汚すような最初の生産活動を減らし、リサイクル活動によっても海を汚す割合を減らし(新しいものを作るよりは減らす)、それで消費生活を支えることで、リサイクル社会を形成するなんてことが出来ればいいなと。

そんなことを思いました。
posted by まっちゃん at 10:39| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月05日

もったいないを思い出さないとね



日本には「もったいない」という言葉があり、ものを粗末にしてきませんでした。
麻や綿を栽培し、糸をより、布地を織り、家族の服や布団地を作りました。痛めばこれは子供服となり、おしめとなり、雑巾になりました。雑巾も使えなくなれば、燃やされ燃料となり、その灰はあく出しや、洗剤や、畑の肥料になりました。
徹底的に物を使ったんですね。
紙は貴重だったから、昔の手紙などは襖の下張等に使われました。だから、いまだに襖の中から貴重な手紙が見つかっている。また、すき直され、使われまくり、最後にはトイレットペーパーになったり・・・
茶碗だって、割れれば継ぎ直して焼き直して使う。徹底したリサイクルだったし、それで商売も成り立った。

今の日本はどうなんでしょう。
服は流行が過ぎたら捨てられるし、ゴミのない家なんてない。

もちろん生ごみだって。うちみたいな田舎では、生ごみ処理機があって、そのまま乾かして粉砕して、畑の肥料に使ってますが。それでも、冷蔵庫この中には賞味期限の切れたものや、ひからびた野菜の切れ端が・・・

コンビニやスーパーで賞味期限が切れたものは、豚のえさになったりしてリサイクルと胸を張ってたりしますがね。

漫画家の吾妻ひでおさんなんか「失踪日記」のなかで、ホームレス体験を描いているが、食べるのには困らなかったみたいだし。

もっとも、効率のいい販売や流通の仕方はないものですかね。そうすれば、たくさんの人たちが路頭に迷ってしまうのは分かるんだけれど。

でも、世界には満足に食べることのできない子どもたちもたくさんいるんです。
そのことが分かっていても、飽食を繰り返し、グルメ情報ばかり流されてるテレビを見ると、感覚がおかしくなるよね。
おいしいものは誰でも食べてみたいけれど、そんなに毎日、食べることばかり考えていていいのかという気もします。

しかし、世界中で日本でホームレスをしていた方が幸せだというひとがたくさんいるんだろうな。

どうにか出来ないのか、この矛盾と社会構造。そんな気がします。
なんか、出来ないかな。


posted by まっちゃん at 10:57| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月24日

根本的に何かが違っていると言うことなんだろうな。二酸化炭素について。



二酸化炭素を地層処分すると言うアイデアは以前からありました。で、それが地震の引き金になるのではないかと云うことです。地層処分と云うと、核廃棄物を思い出してしまうのですが。

以前、二酸化炭素ではありませんが、地中に水を放出して何か採掘すると言うのがあったように思います。それも、地盤を軟弱かさせるしまうと言うことがあったような気がします。

ふんだんに中を使う、消費し続けると言うことがなにかおかしいのではないかと云う気がします。

たとえば、パソコンにしたって、ほんの数年でスペックは時代遅れです。どんなに調子が良くても、周り間スピードについていけなくなる。で、買い替えを余儀なくされる。
ほとんどが買い換えて、経済を動かしていかなくてはいけない。
たとえばですが、紡績工場では、毎日布が織られ、工場で服が作られ、季節ごとに新しい服を新調する。たとえば。その間にお金も発生して経済は動きますが、二酸化炭素も発生します。
そして、切られなくなった服は住居を狭くし、古着屋さんに売られるか、ごみとなっていく。

どこかおかしい気がします。でも、今の生活水準を維持するには、この自転車をこぎ続けるしかない。

ウルトラセブンの台詞を思い出します。
血を吐くまで走り続けなければならないマラソンのようなもの。でしたっけ。それは兵器開発についてでしたが。
でも、掲載と云うものも同じなのかもしれません。

私たちは経済大国じゃないといけない。そう思い込んでいませんか。
世界のトップを走らなくてはいけない。そう思い込んでいませんか。それが本当に正しいことなのか、今の私は答えることが出来ません。
でも、それほど二酸化炭素を生み出さなくてもいいような世界になっていくこと、それが答えなのかもしれません。そういう技術を革新して行く必要があるのでしょう。




posted by まっちゃん at 23:37| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月09日

未来の車? グーグルの自律走行車、米ネバダ州で公道運転に「青信号」



メリットとすれば、移動手段としては最適。事故も渋滞も起こりにくくなるのかもしれない。車に免許が必要であり、乗る人はいらないという感じになるのかな。ただの私的なパスみたいなものか。昔、自分の小説にも書いたことがあるのだけれど、警察車両は自立運転のキャンセラーが付いていたり、違法改造でキャンセラーをつけたりとかね。そんなことになるのかも。
だって運転の楽しさを味わいたい人には、いらないもの。
運転にはただ、目的地に着けばいいというものと、運転自体が目的なものと二通りある。その意味からいえば自律走行はただ移動手段となってしまうかも。でも、それは味けないという気もするのだが。だから未来の車かと言えば、実は違うのではないかという気もする。

自律走行よりも、スバルのような追突防止機能があれば、ほんやりしていても子どもの列に突っ込むというような悲劇は起こらないかもしれない。もちろん、自律走行ならそんなことは最初から起こらないのかもしれないけれど。こういうのを全ての車につけてほしい。人と、物を判断してスピードをコントロールする機能。
現実にあるのだから、もっとメーカー同士で協力して事故をなくす車を開発していく方が望ましいのではないか。
あと、バックすると自動的にmainモニターにうしろが映し出される。現在もいろんな車についているけれど、義務にしたっていい。子どもの事故は減るはずだ。
同時に、自動車の角に人がいると警告音が鳴るようにセンサーを付けるとか。

また、大型トラックの後ろには、トラックの運転席から見た前の風景を映し出すモニターをつけるとかしてほしい。信号の変わり目が分かりにくいのだ。

自立運転といわれても、それがいいものかどうかよくわからないなと思う。まず、それより先にすべきことをしてほしい気がする。


posted by まっちゃん at 09:33| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月06日

祝うことではないかもしれない。それは一区切りなのだ。



原発はなくなったわけではない。動いているのがなくなっただけで、国民は、危険にさらされていることに違いはない。このことを肝にめいじたい。今まで反原発の主張に耳を傾けてこなかったために、私たちは少なくともあと300年は放射能廃棄物を埋めた地層を見張らなくてはならないし、(その場所さえ決まっていない)あと、10万年は生物に影響があることを伝えていかなくてはならない。わずか40年程度の発電のために。
原発をリスクマネージメントで考えようという主張もあるが、リスクマネージメントからいえばこれほど割に合わないものはないのではないか。
老朽化した火力発電所の事故が心配だと某大手新聞が書く。でも、原発のリスクはもっと深刻だ。老朽化した原発の心臓部は、何かあったときの緊急停止のときにガラスのように割れる恐れがあるのだ。もし、そうなれば、100キロ圏内はおろか、日本は終わるだろう。火力発電所の事故の比ではない。もう二度と人が住めなくなる土地が生まれるのだ。

CO2が心配だと言う。だがしかし、WWFは温暖化に対し原発はシステム後と不適合だと行っていたのではないか。そして、あれだけ信用ならない政府も、原発がなくても24%の削減が可能だ゛といっているではないか。

もし、電力が足りないなら、なぜ昨年から対策を練らなかったのだろう。政府も、電力会社も。
そして、クリーンエネルギーに舵を切るなら、それの計画をなぜ指示しないのだろう。そして、そのために少しだけ原発を動かしてもいいだろうかとなぜ問わないのだろうか。

今のままでは、なし崩し的に、原発を動かしていくことになりはしないのか。
そして、10年後20年後に、人的な、あるいは経年変化による重大事故が発生し、豊かな国土に人が住めなくなったとき、なぜあの時とめておかなかったのだろうと嘆くことになりはしないだろうか。

ただ、止まっただけで、リスクは依然としてそこにある。
福島原発の4号プールは、いまだになんの解決も出来ていないではないか。

忘れてはならない。
私たちは、負のリスクを今だに背負っていることを・・・


posted by まっちゃん at 21:42| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月28日

すばらしい。デンマーク、2050年までに全発電を再生可能エネルギーに



現実的にはいろいろな問題もあるでしょうが、こうして全部を再生可能エネルギーに換えていくことを宣言し、実行していくことはすばらしいと思います。
それが、周りの国々をも巻き込み、やがては世界的な動きになっていくことを願います。

いろんな発電にもさまざまな問題があるのだと思います。でも、何百年も土地をあきらめなくてはならない事故にはならないでしょう。
そして、もっともっと研究が進んで行けば、原発を鼻で笑う時代が来るのかもしれません。

デンマークがどう変わっていくのか、気体をこめて注目して行きたいですね。
posted by まっちゃん at 21:05| 福井 | Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

どんな汚染でも、影響は続いていくんだなぁ



Mexico湾の原油流出事故から2年。収束したのかと言えばその影響はまだまだ続いているんですね。もう、収束したとか政府や企業は言っているかも知れないし(知りませんが)私たちも終わったことだと感じていたかもしれませんが、実はまだ影響は色濃く残っているようです。それは時がたってみないとわからないことだったのかもしれないし、たとえ裁判を起こしても影響は限定的だとか、少ないで片付けられてしまうのかもしれません。でも、なによりその影響を実感している人々がいるのは紛れもない事実。原油にしろ、なににしろ。自然を脅かすものはいやですね。
posted by まっちゃん at 21:54| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

反原発の人に




 昨日、ツイッターを眺めていたら、こういう感じのツィートが目についた。
 「原発を止めて、これで安全ですと子どもたちが言える日を迎えたい」
 じつは、文面はそのままではないし、内容も違う。しかし、原発を止めれば安心だと思い込んでいるところを同じにした。こういう人は、世界一危ないと言われている浜岡原発が止まっていることに安どしているのだろうなと思う。
 だが、考えてほしい。原発は止めれば安全なのではない。反原発の人たちが陥りやすいのかもしれないが、原発を止めるというのはまだ第1歩にしか過ぎないということなのだ。それでもその一歩が大事はあるけれど。
 
 原発は、とめても動き続ける。チェルノブイリでさえ、現在何千人もの人がいまだ廃炉に向けて働いているのだ。爆発を起こした原子炉近くで命を落とした人は、その中にいまだに捨て置かれている。近寄ることも遺体を回収することもできない。そのまま、何世紀もそこに安置したままとなっている。だが、廃炉にしようと努力している人たちもある。そのままではまた爆発するしかない。
 つまり核燃料は冷やし続けることが必要なのだ。それは福島原発のニュースでよく知れ渡っていることなのだが。
 廃炉にする何年、何十年もまた問題だ。核燃料は冷やされ保存される。そして、廃炉でも高濃度の汚染物質が出てくる。廃炉も簡単ではないという。もともと壊すことを念頭に作られているのではなく、いかに安全に頑丈に作るかということを考えて作られた原発は、一筋縄ではいかないらしい。
 ひとつひとつで対応が違ってくるという話を、以前NHKの番組で見た覚えがある。ロボットを使って切断してもうまくいかない。調べてみたら設計図に書かれている厚さ以上に厚みをつけて作られていたことが分かったというものだった。
 そしてネジ一つ外すのでも書類がいる。そしてネジを外すとそのネジの表面から放射性物質をはぎとる作業が待っている。
 なんと効率の悪い話なのだと思ってしまう。
 そして、作業員は防護服を着て作業するのだが、やがて放射線の限界に来てしまう。そうなればやめざるを得ないのだ。危険な作業をこなしていく人が足りなくなっていく。

 そして廃炉したとしてもその後どうするのだろう。
 原発はトイレのないマンションと言われている。つまり、出したごみを引き受けるところがないのだ。
 低レベルの放射性物質は六ヶ所村に集められる。使用済み核燃料は2年〜4年その場で保管される。この間に何かあれば、原発は動いていなくても同じことだ。地震や津波で、あたりは汚染される可能性はある。核燃料サイクルができなければ、50年間中間貯蔵施設に保管される。青森県むつ市だ。
 でも、ある話を聞いたことがある。貯蔵施設はいっぱいになりつつあると。永久に引き受けるとは言っていないので、他に探す必要もある。(永久に引き受けてくれそうな気配もあるけれど)
 ある人は、今の原発があるところに仮置きするしかないのだろうという。
 結局は、原発が止まっても放射能の危険はすぐに去ることはないのだ。

 危険な放射性物質は扱いやすいようにガラスに閉じ込められ、厚さ20センチの鉄の容器に入れられる。それを厚さ70センチの粘土に入れて、地下300メートルに貯蔵する。イギリスでは、その地下貯蔵施設に問題があり、現在核のゴミが地上に仮置きされているそうだが。
 地下に置かれた核のゴミは300年間モニタリングされる。そのあとは放っておくことになるのだろう。現在地下貯貯蔵施設をもつフィンランドでは、10万年後の人類に、これは危険なものだと伝えるにはどうすればいいかを考えているらしい。それは、ネアンデルタール人が現代人に危険を伝えるようなものだという。
 まぁ、300年モニタリングだって、日本でいえば江戸時代ということになのだが。

 なんという壮大な無駄をやっているのだろうと思う。原発は止めればそれで終わりではなく、そのあと延々お金を食いつぶしていく。人の命を脅かしながら。
 それにしがみつくしかない考えている人たちの多さにもあきれる。でも、そうさせてきたのも私たちなのかもしれないが。

 私の子供のころの科学雑誌に未来の発電について書かれていた事を思い出す。
 今注目されている地熱発電についても書かれてあった。潮の流れを利用した潮力発電、波を利用した潮位発電、太陽光発電、風力発電。もし、原発につぎ込んだお金のいくらかをそれにもっとつぎ込んでいれば今の日本はもっとクリーンエネルギーの最先端を走っていたのではないか。
 オイルショックのころには、ミドリ虫や藻によるオイルが作られる研究があったように記憶している。
 他にもある。昔は小さな水路でも発電をしていたのだ。それで、電車が走ったり村の電気を賄ったりもしていた。今は、法律の壁があるようだが、同じように小さな水路に小さな発電機をしかけて、近くの家々の電力の足しにする。山の斜面や家々の斜面に太陽光発電パネルをつける。そして、風が吹けは小さな風車が家々で回る。そんなことが出来ないだろうか。何かあった時に、最低限の電力を自分たちで賄うことが出来たら。
 そしてそれらの発電機器は、壊れたとしても人体に危険を及ぼすことはないのだが。

 私たちは原発に対して盲目的に安全であると信じてきたこと、そういう問題に対して気にも留めなかったことのつけを払わされているのだという気がする。
 何十年も前に、原発の危険性を説いた本は出版されているのだが、それでも世の中は変わらなかった。今初めてそれを知った人もいるくらいだ。それに対するつけにしてはあまりにも大きな犠牲なのだが。
 そして、もう一つでも原発が大きな事故を起こしたら、日本は世界から見放される。そういう気がする。
 それでもなお、原子力にしがみつかねばならない理由がどこにあるのだろう。

 私たちは放射性のゴミを抱えている。それはあと10万年後の未来まで責任を取らなければならない。それは、湯川秀樹が基礎研究をしたいと言ったのに、無視した原子力政策の始めからのつけだ。それを見過ごしてきた国民としての責任でもあるのではないか。
 しかし、今まで日本人がしてきたように自然と寄り添い、自然からエネルギーを分けてもらうやり方を学び、実践していくべきなのだろう。
 それは私たちの責任なのではないか。
 何かを変えていくべきだ。

 そして、反原発の人たちも、ただ原発が止まればいいという問題ではないことを知ってほしい。そういう気がする。ただ、熱病にうなされているだけではなだめなのだ。もっと学ぶべきだ。
 たぶん、2年か3年たつと、福島の放射線量は7割くらい減る。セシウムの一つが半減期を迎えていくからだ。そして、20年か30年もすれば、福島は今のことを忘れるくらいになっているのだと思う。たぶん、除染されたところは線量も低く農業も普通に戻っているのではないかと思う。チェルノブイリを見ているとそう思える。
 低線量被ばくによる影響は出ているかもしれない。その因果関係は立証されるのかどうか。
 そのとき、今のことを覚えていて反原発を唱えられるだろうか。

 でも、私たちはこの災害を忘れないと決めたはずだ。地震や津波だけでなく、原発事故に対しても。壊れたら施設だけ被害を受けるのではなく、日本の国土の本当に信じられないくらいの広さを汚染してしまう原発というものの怖さを。

 燃料費がかかるとかだけの問題ではなく、原発は完成されていない技術なのだ。そもそも成り立たないものではなかったのか? いまだに最終処分さえできない。出来たとしても300年のモニタリングの手間、そして半減期10万年の放射性物質を残すのだ。
 原発がすべて止まり、燃料費が上がったからと言って電気代を上げる。「ほらね、困るでしょ」としたり顔の電力会社では困る。もっとすることがあるだろう。人の命を左右するようなものをもって置いて、すまなそうな顔をするならともかく、何んということだ。電力を人質にとって。
 もう遅いのかもしれないが、新しい可能性を広げてほしい。まずはメガソーラでもいいし、地熱発電でいい。かかる燃料費をクリーンエネルギーで補うくらいの姿勢を見せろと訴えていかなくてはいけないのだと思う。


posted by まっちゃん at 11:24| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月24日

石油枯渇後は「人工の葉っぱ」が主要エネルギー源に? 科学者ら提唱



こういう研究が加速して実を結ぶことを願います。
あまりに一つの事だけに固執してしまい、いろんな可能性を模索する熱意のようなものが失われつつあるような気がします。

その昔、空を飛ぶ夢を見た男たちのように、蒸気で走る車を夢見た者たちのように。

それは飛行機となり、汽車となり全てを変えていったはず。でも、その時に、それが実現していくと考えたものがいたでしょうか?

原子力や、石油だけではなく、なにか新しいものを活用していくパワーがいまの人間には必要なのかもしれません。
posted by まっちゃん at 16:57| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月24日

別に会員にならなくてもできけれど。「スローフード運動」、経済危機で共感集める



べつに会員にならなくても、その考え方はみんな共感できるのではないか。

あわただしいスピードに慣らされた現代社会に対し、まずは郷土料理の豊かさと風味を再認識し、没個性なファーストフードから抜け出し、ままずは豊かな食事から人間性を回帰しましょう。でもファーストフードそのものが悪いわけではなく、それが生まれた背景をもう少し考えましょうと言うようなこと。

考えてみれば、今、日本中でもてはやされているB級グルメブームも、もともとはそういうものであったはずだ。地域性豊かな食事をするために、その土地へ出かけて行って、その背景にあるものまでを味わう。それれば人生を豊かにし、新しい出会いを生み、地方土地が潤う。
これが現代のファーストフード病に冒されると、やれどこどこのB級グルメはおいしかったとか、どれだけ食べたとかがもてはやされる。そこの土地へ行っても、何も考えずにそのグルメだけを食べて帰ってくる。
それは本来の意味を失っていると思う。

地場産の、その季節で採れたものをいただく。その土地の味でいただく。
こうした当たり前だったことをなぜ失わなければならないのか。
もう一度、食事から見直していくことが必要なのではないか。

別に会員になる必要はない。その考え方に共感できるなら、そこから始めればいいのだ。
そして、スローライフまで、地域の社会との結びつきまで味わうことができればいいのだと思う。マスコミに踊らされる必要はない。おいしい食事と豊かな暮らしに、急ぐ必要はないし縛られるべきルールもないのだと思う。



posted by まっちゃん at 10:59| 福井 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月10日

15年たっても続く廃止された原発の除染作業 ドイツ



原発を除染し廃炉にするということはとんでもない時間とお金がかかるということです。
とにかく安全に稼働させようということで、壊すことを考えずに作ってあったり、当時の設計図が残っていなかったり、大変な手間らしいです。もし、それを発電コストに含めると(火力発電なんかは、壊すことまで電力料金に入っているそうですが)原発というのは決して安い電力ではないということらしいです。
また、廃炉にすることで出てきた高濃度の放射線廃棄物をどこに捨てるか。地層処分している国はまだ1ヶ国。イギリスなんかは、地層処分しようとした保管場所の地層が保管に不向きなことが分かり、廃止されてます。でも、すでにそこに運び込まれた廃棄物をどうするのか。問題は山のようにありそうです。

またまた、運よく地層処分できる場所があったとしても10万年は保管しなくてはならない。
たった50年くらい電気を生み出すからといっても、後始末に10万年。今の人間の言葉が通じないのではないかと、どうして危険だと知らせるのか、地層処分しているところは悩んでいるそうな。そしてその間のコストは?維持費は?
チェルノブイリでは、国家予算の2割が未だにチェルノブイリ対策に使われているそうな。そして、チェルノブイリで汚染された家屋も撤去しなければ、放射性のチリが出らしいです。でも、その予算は? いつまでにできるのか不明だそうな。

フクシマも、近辺の汚染させた土壌、家屋なんかどうするんでしょうね。


やれやれ。

菅さんが脱原発を打ち出したからって、政局がらみであたふたしすぎでしょう。
すぐにすべて廃炉にするとは言っていないわけだし。徐々に廃止していって、なくしましょうというところなんでしょうから。あるもんはしょうがない。あるものは安全を重視し、核に頼らない産業構造を構築すべきなんでしょうよ。菅さんもその程度でしか言ってないと思うし。

そんなにマスコミや、政治家は原発が大事なんでしょうか。甘い汁が吸えるからなんでしょうね。核発電(原発)からどれだけお金をもらっているのか。
核発電からお金をもらわなくても、立地している地方は自立していかなくてはいけないのでしょうね。でもそんなお金に頼ってはいけない。
現に、何もないところが町おこし、村おこしで頑張っているじゃないですか。核発電が垂れ流すお金に群がっていてはいけないような気がします。

海江田さんも、海外に国益のために核発電を売り込みに行くそうですが、被爆国であり放射能の恐ろしさを知っている国がすべきことなんでしょうかね。
それは時限爆弾付きの爆弾を、『何もしなければ安全だから』と売っているのと同じではないでしょうかね。まぁ、爆弾は電気を作りませんが。
むしろ、廃炉などの手順や経験を蓄積してそれを売るとか、放射能に対するノウハウを蓄積して援助するほうがましのような気がします。

アメリカ主導で核発電を導入しなければならなかったとか、原子爆弾を作れるという国防上の理由はあるにしても、なぜそんなものにしがみつかなければならないのか。

よくわかりません。

まぁ、新聞記者はみんなNHKが特集で放送してきた原発の番組でも全部見てみたらいいと思うのですがね。
結構シビアなこと言ってますよ、世界は。





posted by まっちゃん at 16:40| 福井 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

ドイツ、2022年までに全原発停止を発表



私は賛成。今、雇用問題がとか、電力問題画とか言う場合じゃないと思う。
10万年もの長い間、高濃度の放射性物質を管理しなければならないことを考えると、原発というのはあまりにもリスクが高すぎる。CO2を出さないから優秀なのではなくて、それより危険なものを生み出しているという事実を考えると、とめてしまうほうが良いに決まっている。
大体電気料金の中に、葉色にする費用など最初から組み込まれていないわけだし。廃炉にした後のごみはどうするのとか、問題はずっと続くのだ。

そんなお金があるのなら、街の中に非舗装面の緑地帯を作るとか、いろいろしたほうが良いんじゃないか。

江戸時代はわざと道路を舗装しないのだと聞いたことがある。ローマのように道路を石畳にする技術はあったそうだ。神社なんかそうだし。でも、夏の暑さ対策で舗装しなかったらしい。
そんな風に、何かを考えていければ良いんじゃないか。
自分たちで節電の工夫をし、反面、風力、潮力、地熱とかの発電方法を広げていく。国家超えての発電・送電の工夫と、小さな発電所による小さな電気の供給地域の兼ね合いとかね。
考えてみれば、明治のころにはいたるところで発電していたのだ。ほんの小さな小川でも利用して、工場の電力なんか作っていたし。それで個人経営の鉄道なんかもあったはずだ。

JRや大きな工場などは、国家を超えて、もっとグローバルな発電の流れを主に利用し、小さな発電所は小さな地域を主に担当し、不足分は大きな電力会社から融通してもらう。そんな、新しいことを考え、原発という重い足かせから開放されるなんてことが起きないか。



posted by まっちゃん at 16:52| 福井 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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